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| 『奉仕の生涯』(レビ記2章1節〜10節) ( 2.10/2026 ) |
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「これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。」(2節) 'It is a food offering. Its smell pleases the Lord.`(Leviticus 2:2) 序.総会が近づいてきました。今朝は奉仕の生涯ということをレビ記から見てまいりたい。 1.キリストは何をしてくださったか 昨年、『牧師の責任 信徒の責任』という本を読んだ。私達礼拝者は礼拝を守っていく責任がある。誰かの努力がなければ物事は成り立たない。礼拝が守られるためにどれほどの努力が払われているか。場所(会堂)、人(奉仕者)、プログラム(準備)…。しかし、何よりも努力を払ってくださったのは、礼拝を初めてくださった復活の主イエス・キリスト。このキリストの努力を心に留める時(「キリストに根ざし」(コロサイ2:7))、感謝があふれる。教会を愛する愛が増される。 2.へりくだられたキリスト 前置きが長くなったが、レビ記2章は小麦粉のささげ物を通して、主イエスの生涯が譬えられている。小麦粉とは砕かれた粉。「キリストは、…神としてのあり方を捨てられないとは考えず」(ピリピ2:6)。神の御子がその栄光を剥がされて、辱めを受けられた。私は神をバカにした者たちの一人だった。しかし、主は私を赦し、私の罪をきよめてくださった。主の十字架は私のためだった。新聖歌102のように「かくもわがためにさかえをすつ/われは主のために何をすてし」。 私達も神の奉仕者となるには「砕かれ」、「油」(聖霊)により頼まなければ何もできない。 3.乳香を添え、パン種と蜜を除け 教会を愛するために必要なものは祈り(乳香)。しかし、それを濁らせるものがある。それは、パン種(肉、自我)と世(蜜)。蜜(果汁)は甘いようで、火を通すと苦くなる。世の楽しみ、見栄え云々は死後の世界では恥となる。「死んだ蠅は調合師の香油を臭くし」(伝道者の書10:1)。「軽々しいこと」(エレミヤ23:32)は香りを放たない。楽しみで奉仕していても肉による奉仕はつぶやきに変わる。キリストの恵みへの応答だけが奉仕の力であり、目的。 4.火の試みは心をきよめる 「正しい人には苦しみが多い。しかし 主はそのすべてから救い出してくださる」。ルターは信仰を育てるものは聖書と祈り、そして試練だと言った。 主ご自身でさえも、世から憎まれ、いわれのない苦難を受けたが、御父に従った。私達は世においては寄留者。世は神の民を誘う。しかし、クリスチャンには「違っていてほしい」と思っている。世の中に埋もれず、世の背後にあるサタンに対して、闘っていこう。主は正しい者を倒されない。 すでにささげられた主イエスに添えられる小麦のささげ物となろう。 (説教者;田代美雪牧師) |
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