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| 「聖別」(ローマ15章16節) ( 2.15/2026 ) |
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「それは異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、神に喜ばれるささげものとなるためです。」(16節) ' Then the Gentiles will become an offering that pleases God. The Holy Spirit will make the offering holy.`(Romans 15:16) 知らない地域を歩くとき現在はナビがありますが、信仰生活にも御霊という導き手がおられます。そして信仰生活の目的地は神のものとされるという目的地を神が既に定めてくださっています。 (「聖霊を与えたまえ」ではあるが、その前に「あなたを神に与えたまえ」である。…御霊は信徒をして個人的に神の聖にあずからしめるエージェントにていましたもう…私たちは神の恵みにあずかることにおいて、すべてを聖霊に負いたてまつるのである。6) 火の三要素は空気、可燃ぶつ、熱ですが、自らを神へのささげものとする三要素は苦しみ、信仰、光です。 1.「苦しみの意味」(ハバクク3章17節18節19節) 「いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木には実りがなく、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を生み出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。 しかし、私は主にあって喜び踊り、わが救いの神にあって楽しもう。私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。」すなわち苦しみの理由は私たちの心を主に結びつけるためです。 2.「私たちの武器」(出エジプト33章15節) 「モーセは言った。『もしあなたの臨在がともに行かないのなら、私たちをここから導き上らないでください。』」すなわち、私たちの武器は次の瞬間生かされている理由を神に置いていることです。 「アベルもエノクさえも信仰の人」(へブル11章4節5節) 他の人の弱さや罪を気にしたり、責めても仕方のないことです。神の視点とご要求とご支配のポイントは信仰です。(エノクは自分の善行や努力によって神とともに歩んだのではない。全くゆだねきって神にたよってしまったエノクを神は喜び、それで神とともに生活ができたのである。この信仰の基礎を、神は御子イエスにおいて、その死と復活において与えたもうたのである。復活昇天ご即位の主は、再び現れたもう。おのが信仰の民を空高くみもとに迎えたもうであろう。エノクの予表はここに成就するのである。1) 「この地上の生涯を終えたなら」(ルカ23章43節、ピリピ1章23節、1コリント15章53節54節、ヨブ19章25節26節、1ヨハネ3章2節、ピリピ3章21節)(わたしの魂が、この生命の終った後に、直ちに、かしらなるキリストのもとに、受け取られる 2 ばかりでなく、このわたしの肉が、キリストの力によって、甦らせられて、再び、わたしの魂と一つにせられ、キリストの栄光のからだに似せられる。 3) 3.「罪の悔い改め」(1テサロニケ5章23節「全くご自身のものとしてくださるように」英訳) (レビ記にはささげ物について「神が受け入れたもうように」ささげなさいと繰り返し記されている。だから未信者はまず罪汚れを悔い改め、離れ、そうして自分を神のみこころにかなうように差し上げたてまつるのである。 4)あなたを神に与えなければならない。悔い改めとは自分が全く神のものとなること。(伝道の目標と結果は、…信じる者の幸福もさることながら、むしろ信じる者を神のものとしてしまうことである。彼らを神のみこころにかなわないことから引き離し、聖め別って神へのささげ物とするというのである。その結果、信じる者は神に受け入れられ、受け入れられた証拠として聖霊が彼らにお臨み下さり、聖別してくださるのである。 5) きよめはすべて御子に負っております。(1ヨハネ1章7節参照)光が私たちを励まします。「みなささげまつりわがものはなし、ときわにみ旨に従いまつらん」(新聖歌391) (1 参考図書 小島伊助著 聖顔の輝き第2巻 いのちのことば社 172頁、4 44頁、5 43頁、6 44頁、2、3 竹森満佐一著 ハイデルベルク信仰問答 新教出版 53頁) |
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