「溶け去れ」(ミカ1章3節〜4節) ( 2.22/2026 )
「山々は主の足もとに溶け去り、もろもろの谷は裂ける。」(4節)

'The mountains will melt under him like wax near a fire. The valleys will be broken apart by water rushing down a slope`(Micah 1:4)

北イスラエルと南ユダに主のさばきを告げた預言者がミカです。主の御前に自らが溶け去るべき三つの理由は、

1.主権者の御前だから(4節)

「地の高い所を踏まれる」(3節)神は山さえも足もとに踏まれるお方です。「主は その聖なる宮におられる。主は その王座が天にある。その目は見通し そのまぶたは人の子らを調べる。」(詩篇11篇4節)
ボクサーは(絶対に立ち上がる)という気構えを持っていると思います。けれども、神に対してはそのような気構えは無用です。自分の力や能力などに頼ることを辞めて神に従いましょう。「山々は主の足もとに溶け去り、もろもろの谷は溶ける。まるで、火の前の、ろうのように。坂に注がれた水のように。」(4節)山さえも溶け去るのです。わたくしたちはなおさらです。

2.偶像はやがて失われるから(7節)

「それらは遊女の儲けで集められたのだから、遊女の儲けに戻る」背信の富は他の偶像礼拝者のものになります。「儲けはみな火で焼かれる」文字だけですと内容を把握しきれないかもしれませんが、(失われるよ)と語られています。お金に仕えても無くなるというのです。

3.子を守るため(16節)

北イスラエルは紀元前722年にアッシリアに、南ユダはミカ(紀元前730年代後半から紀元前690年代)の死後、紀元前597年と紀元前586年にバビロンに捕囚となり子を連れ去られます。「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。」(へブル4章12節)子は親が一番大切にしているものが何なのか語らなくても知っています。神はまず親に対して誇りを剃り落とせと命じておられます。悪魔に勝つつもりならば聖書のことばが必要です。「救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神のことばを取りなさい。」(エペソ6章17節)

ミカは全能者である神の御前に溶け去れと命じています。繁栄を誇ることなく自分の子どもを守るために謙虚に神に従う道があります。神の御前に溶け去った生活とは、ある宣教師は(毎日、聖書を読んで祈る習慣を持っていた。彼の母や姉のエレンが幼い頃から始めていたものである。同室のものがあると一緒に読んだ。これは彼の勇気、忠誠及び不屈についての小さからざる証明であると思う。一度真理を見てこれに立つや、その要求する処を必ず果した。かような知識へは他の人をも導く事の大切なことを語ってこれを実行するのであった。 1)(今や我は知る、我を贖う者は活く ヨブ19章25節。自分自身としては、当然、罪に定められたものであることを知った私が、主の犠牲の血によって、罪の刑罰から解放されたことを感じた。われの一切の信頼は主にあった。 2)

(1 B・G・バックストン著 信仰の報酬 33頁、2 25頁)

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