「みこころを行うことを喜ぶ」 (詩篇40篇8節) ( 3.8/2026 )
「わが神よ 私は あなたのみこころを行うことを喜びとします。」(8節)

'My God I have come to do what you want. Your law is in my heart.`(Psalm 40:8)

多くの場合自分の願い事に自分の心が占領されているのではないでしょうか。神の言葉が何であってもはじき出してしまう自我が私たちにはあります。どうすれば、神に聞くことのできる耳が与えられるのでしょうか。

1.キリストの平和とキリストのことば (コロサイ3章15節16節)

 キリストの平和に支配され、キリストのことばを豊かに宿らせましょう。

2.御子と御父の内にとどまり、御霊に聞くこと (詩篇91篇、1ヨハネ2章22節〜27節)
 
「その注ぎの油が、すべてについてあなたがたに教えてくれます。」(27節)(「油が教える」といえば、この「油」は御人格であるご聖霊にほかならない。この油がすべてのことを教えたもうと言う。しかし、それだから、人に教えられないでもよいという意味ではない。自分の内心に動かない確信を与えたもうという意味である。偽りを聞けばこれを見破り、あやしげなことに対してはおかしいと直感し、何が永遠の確かな道であるかを、内心に大胆に握らしめたもう働きをなす御霊である 1)。

3.はっきりした絵を描くこと (1コリント15章)

絵には背景があり、描きたい主体を強調しています。また紙芝居にもメッセージが含まれる絵や物語と共にそれを納めている木箱があります。しかし多くの場合、人生を絵画の背景や紙芝居の木箱のために時間を取られてしまっていて、絵の主体を描くことや絵本の中身を伝えることを知らなかったり、忘れていることが多いように思うのです。
では、絵の主体、絵本の中身とは何なのでしょうか。それはキリストご自身です(ルカ17章21節、ローマ5章10節)すなわちキリストの平和であり、キリストのことばです。そして御子と御父の内にとどまり御霊に聞くことです。けれども、主に従う(1ペテロ3章15節)にはどうすれば良いのでしょうか。
1コリント15章1節から8節に(キリストの死と葬りとよみがえりと顕現、しかもこれが私たち一人ひとりに個人的につながるのが福音の目的である。すなわち、私たちのためのキリストの死によって、私たちが生きる。その葬りによって私たちの自我が葬られる。そのよみがえりによって私たちが自分で生きないで済む。その顕現によって私たちの生涯が整えられる 2)のです。「三日目によみがえられたこと」(1コリント15章4節)が私たちの日常です。
That resurrection will save us from having to live on our own.
主イエス様のよみがえりのいのちがあなたを古いあなた自身から解き放ってくださるのです。そして主の御生涯を(      )に描き出されるのです。
The LORD will write His life story into your life.

(参考図書 1 小島伊助著 聖顔の輝き 第二巻 いのちのことば社 192頁、2 頁数不明)

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