「武器を捨てること」(ピリピ3章4節〜8節) ( 3.15/2026 )
「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。私はキリストのゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えています。それは、私がキリストを得て、」(8節)

'Even more I consider everything to be nothing compared to knowing Christ Jesus my Lord. To know him is worth much more than anything else. Because of him I have lost everything. But I consider all of it to be garbage so I can know Christ better.`(Philippians 3:8)

「頼みなきわれ、頼み知るわれ。」とおっしゃった有名な先生がおられますが、

1.普通の人生

武器を磨くのです。

2.武器を捨てる人生(へブル9章16節〜18節)

主イエス様は「捨てられないとは考えない」(ピリピ2章6節)人生を歩まれました。パウロはこの主イエス様を知った(1)ことによって武器を捨てる人生を知ったのです。
3.武器を捨てた人々
ヨナタンはゴリアテをダビデに倒してもらったときに自分の武具や兜をダビデに与えました。もうヨナタンには彼を守る術はダビデへの信頼以外ありませんでした(1サムエル17章18章)。もはやヨナタンには武器はいらなくなったのです。また、パウロは彼にとってのゴリアテであった肉の性質を十字架と復活の一撃で倒してしまった主イエス様を知ったときに、自分の武具の全てを主イエス様に献げました。私たちも自分の武具でゴリアテと戦うことを諦め、主イエス様に御頼り致しましょう。

最近私は老眼で手元がはっきりと見えておらず、困ったことに、字を書く時にきれいな字を書くことを諦めています。けれども、諦めてはならないものがあります。そしてそれは実現不可能な生活ではありません。ゴリアテ(すなわち肉)攻略のための武具としての自分の誇りを諦めて、主イエス様に信頼しましょう。ここに平安があります。

(参考 1)では、パウロはどのように主イエス様を知ったのでしょうか。ローマ書7章4節「ですから、私の兄弟たちよ。あなたがたもキリストのからだを通して、律法に対して死んでいるのです。それは、あなたがたがほかの方、すなわち死者の中からよみがえった方のものとなり、こうして私たちが神のために実を結ぶようになるためです。」'My brothers and sisters when Christ died you also died as far as the law is concerned. Then it became possible for you to belong to him. He was raised from the dead. Now our lives can be useful to God.`(Romans 7:4)(キリストのからだを通してとは、へブル9章16節から18節参照、主イエス様の血潮によって遺言、すなわち聖書が成就しました。)そしてパウロは誇りという武器を捨てるのです。そして主イエス様が十字架の死にまで従われたように、主イエス様の血はパウロに主イエス様に従う人生を与えました。

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