「サタンとの戦い」(マタイ3章16節〜4章11節) ( 5.17/2026 )
そこでイエスは言われた。「下がれ、サタン、『あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい』と書いてある。」(4章10節)

'Jesus said to him “Get away from me Satan! It is written ‘Worship the Lord your God. He is the only one you should serve.`(Deuteronomy 6:13)((Matthew 4:10)

神様は罪を裁かれる聖なるお方です。ですから私たちも罪を悔い改めて神様の側に付かなければなりません。そして神様は私たちをサタンの力から救い出すことができるお方です。この事はイスラエル民族の出エジプトを通して歴史的に証明されていますし、皆様の周りにおられるクリスチャンたちが体験しておられるところです。そしてイスラエルが出エジプトした後も荒野の40年、そしてヨルダン川を渡ってからもカナンの地を占領するために戦い続けたように、クリスチャンもサタンと戦いつづけなければなりません。

経済的な問題すなわち什一献金や、健康問題や家族の問題で躓いている暇はありません。どんどん悪魔の持っている地を奪還しなければなりません。すなわち、悪魔の奴隷にされていることに気づいていない人々に福音を伝え、魂を神様の下に奪還しなければなりません。

1.私たちが弱い時とは

悪魔は賢い敵です。霊的に恵まれて(何でもできる)と思っているような時に襲ってきます。なぜ、自信のある時に襲ってくるのでしょうか。恵まれている時が一番神様の助けを求めることが少ない時だからです。そして恵まれて神様から離れてしまうならそのときが私たちの一番弱い時であることをサタンは知っているのです。そして空腹なときにサタンは攻めてきます。すなわち、命がかかっている時に自分のために時間や力を使うように誘惑してきます。また、奇跡や会堂建築のように(何か凄い事業をするなら人々が神様に心を向けるだろう)というような思いを心の中に投げ込んできます。しかし、一般的に奴隷の人たちには望みがないように奴隷の人たちにとって奴隷から解放されることが一番の課題であって、神様の栄光には興味が持てないのが実情だと思います。またサタンは困難に直面する時に誘惑してきます。(自分を礼拝するなら世を与えよう)と言って誘惑してきます。すなわち、十字架を負わないですむ道を私たちに提示してくるのです。

2.サタンの誘惑の目的

サタンの誘惑の目的とは、私たちを罪の中に留め置くことです。そして、サタンに対して戦いを挑むことのないように祈りの時間を奪い、聖書を読む時間を奪い、交わりと奉仕の時間を奪うことです。そして、(あなたにはあんな力があるだろう)とか(みことばによれば神はあなたを助けてくださるとあるだろう)とか(世界の国々をあなたに与えよう)とか十字架以外の道が幸せの道であるかのように語って来るのです。けれども、この誘惑のポイントはどこにあるのかと言いますと、サタンの誘惑に乗ってしまいますとどんなに自由な、そして力強い、そして豊かな生活をしてもそこは悲惨な罪の中、すなわちサタンの奴隷のままであるということです。

3.サタンに勝つには

罪人を救うことのできない人生にどのくらいの価値があるのか神様の御前に良くご相談し、神様の御思いをお聴きすることです。そして自分の持っている力で戦わないこと。主イエス様は祈りの生活の中でまずサタンと戦い勝利されてから、社会での戦いに臨まれました。いつも祈り神様から離れず、神様が共にいてくださる時にだけ出て行くことです。またサタンはみことばを使って誘惑しているという点です。ですから、みことばによってサタンと戦うのです。サタンとの戦いの本質は、世を得ようとしているのか、それとも自分に死んで十字架を負う道なのかの決断です。そして、空腹や恥や重荷に足止めされることなく、自ら進んで主イエス様の十字架を負いましょう。そして隠れた戦いをないがしろにせず「サタンよ、退け。私は主にだけ仕える。」と宣言し、まず隠れた所でサタンとの戦いに勝利しましょう。

救いとはサタンの縄目から救われることです。自分の力で戦わず、自分の誉れを求めず、悪魔を完全に打ち砕くために悪魔と完全に手を切って戦いましょう。

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