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| 「天が開かれた生涯」(ヨハネ1章45節〜51節) ( 6.7/2026 ) |
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「天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたは見ることになります。」(51節) 'Then he said to the disciples “What I’m about to tell you is true. You will see heaven open. You will see the angels of God going up and coming down on the Son of Man.”' 主イエス様はペテロに水の上に立っておられるご自分のところに来なさいと招かれました(マタイ14章29節)。わたくしたちにとって神である主イエス様に近づくとはどういうことなのか本日は考えてみます。今、私共の教会には嘘をついて平気で生活している子どもが来ています。その場しのぎの生き方を身に着けてしまっているようです。そしてその心は決して幸せではないはずです。なぜなら「しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」(ヨハネの黙示録21章8節)とあるからです。けれども、神様は天国の生活を死後にではなく、今、与えてくださるお方です。もし、本当に神様の御前に悔い改めてずるい生活を辞め、主イエス様に遜ってお従いするなら、そのとき天国の生活の喜びを知ることができます。 ナタナエルへ主イエス様はあなたのために天が開かれるとヨハネ1章51節に約束されました。ですからわたくしたちも本日ナタナエルに倣い天が開かれた人生を歩み始めたいものです。 1.神はナタナエルに期待しておられる イザヤ48章6節「わたしは今から、新しいことを、あなたの知らない秘め事をあなたに聞かせる。」 エレミヤ33章3節「わたしを呼べ、そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。」 ミカ7章15節「あなたがエジプトの地から出た日のように、わたしは奇しいわざを彼らに見せる。」 ヨハネ1章50節「それよりも大きなことを、あなたは見ることになります。」、5章20節「これより大きなわざを子にお示しになるので」、14章12節「さらに大きなわざを行います。」 2.天が開かれる生涯 これは今でも天国の幸いを経験できるという意味です。ヤコブは一時的に天が開かれたところを見ましたが、私共は常に天が開かれた生涯を歩むことができます。けれども、現実には創世記3章24節「輪を描いて回る炎の剣」がございます。そして天国の生活神との交わりが叶いません。その原因は申命記28章15節、23節「もしあなたの神、主の御声に聞き従わず…」「あなたの頭上の天は青銅となり、あなたの下の地は鉄となる」とある通りです。天が閉じられるのですから闇の中を歩むことになります。けれども、申命記28章1節「もし、あなたが、あなたの神、主の御声に確かに聞き従い、わたしがあなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、」申命記28章12節「主はその恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え」天の大雨であなたの心は潤されます。そしてその恵みは他の人にまで及びます。すなわち、天が開かれますと、 1)天の異象を見ます。エゼキエル1章1節「天が開け、私は神々しい幻を見た」、ヨブ記42章5節「私の目があなたを見ました。」と証言しています。イザヤ6章3節「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主」を見ます。ヨハネは黙示録参照。 2)聖霊がお下りになります。ルカ2章21節、22節「天が開け、聖霊が鳩のような形をして、イエスの上に降って来られた。」へブル10章19節「こういうわけで、兄弟たち。私たちはイエスの血によって大胆に聖所に入ることができます。」神を見るだけでなく、神を受け入れることができます。すなわち、聖霊を受け入れます。そして天国を受け入れます。 3)主の真正の御姿を見ます。黙示録19章11節「また私は、天が開かれているのを見た。すると見よ、白い馬がいた。それに乗っている方は『確かで真実な方』と呼ばれ、義をもってさばき、戦いをされる。」地に敗北のある時も、天を見、主を見ましょう。そして、静かに主にお従いしましょう。2列王6章17節「なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。」すなわち、地上でどんなに敗北に見える時に遭遇しても諦めなくて良いのです。主がおられますから。 4)神の約束を見る。黙示録11章19節「神の契約の箱が神殿の中に見えた。」天の光の中に聖書を読みます。そして神の約束を観ます。モーセは光のない至聖所の中で神からの光でもって十戒を読んだといいます。人からではなく、天の光の中で聖書を読みますと聖霊によって教えられますから心に留まります。 3.神が天を開いてくださった方法 主はご自分の胸に炎の剣の傷を受け、天を開いてくださいました。主イエス様が流してくださった血潮のゆえに天が罪人のために開かれました。 ヨハネ4章7節サマリアの女のところに主は梯子を下してくださいました。罪の中にです。これはあなたを天国に上らせるために主が既にご自身を卑しくされたということです。そして主は今は天に上られ一切の権威を持っておられます。どうしてこのナタナエルの体験が私たちに無いのでしょうか。ではどうすれば、わたくしたちもナタナエルになれるのでしょうか。 1)心に偽りのない者(ヨハネ1章47節)詩篇32篇1節〜5節。すなわち、罪を悔い改めて赦された者。 2)隠れたところでの信仰者(ヨハネ1章48節)公のところでの信仰生活ではなく、木の下、隠れた所での信仰生活のある人 3)主にみられる信仰者(ヨハネ1章48節)詩篇139篇1節〜16節神に見られていることを承知して生活している人。 4)主を礼拝する信仰者(ヨハネ1章49節)「先生、あなたは神の子です。」彼は身も魂もささげて主を礼拝しました。今朝も天の光を受け、聖霊を受けましょう。洗礼を受けた方は既にお葬式を終えたはずです(ローマ6章4節)。十字架に死んだ者に聖霊はお下りくださいます。 (参考図書;ビー・エフ・バックストン講演 「赤山講話」25頁〜40頁) |
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