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| 『神と共に歩む人』(創世記5章21節〜24節) ( 6.28/2026 ) |
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「エノクは神とともに歩んだ。」(24節) 'Enoch walked faithfully with God.`(Genesis 5:24) 序. 今日は昨年天に召天された本田直美姉を憶えたい。 1.どこで歩んだか 「神が彼を取られたので、彼はいなくなった。」突然の姉妹の召天に際し、エノクの生涯と重なって感じました。今朝はエノクという信仰者を紹介したい。 エノクの生きた時代は決して、信仰者が生きやすい時代ではなかった。暗闇。ノアの洪水の前。偽り、虚勢、暴力(4章)、欲、腐敗(ユダ1:15)。しかし、泥沼に蓮が美しく咲くように、「エノクは神と共に歩んだ」。クリスチャンも孤軍奮闘。周りに仲間がいない。会話に合わせにくい。信仰を語ることは難しい。ともすると、周りに流されて神抜きの生活に陥りやすい。しかし、「エノクは神と共に歩んだ」。二度。気むずかしい、愛らしくない人々の多い所であればあるほど、私たちの特性は研磨される。私たちの境遇は私たちの勝利なき生活の言い訳とはならない。星は暗いほど輝く。迫害された農家のクリスチャン。祈祷会で「信仰者はそれ以上のことができる」。迫害する人の田に水を張った。救われた。 2.そのきっかけ エリザベス・フライは1800年代イギリスで刑務所改良に携わった人。それまで教会は退屈な場所だったが17歳の時、世の楽しみの虚しさに気づき、悔い改め、イエス・キリストを信じてその生涯が変えられた。エノクのきっかけは子どもの誕生。メトシェラ「彼、死して後、送られる」。何が?ノアの時代の洪水が。 聖書には「その終りを思わなかった」(イザヤ47:7)悲劇が書かれている。エノクは世の終りを見た。そして、目が覚めた。それから聖なる生涯、いつも神の顔を見る生涯に入っていった。聖書は「あなたの終りを見すえよ」と今朝、語りかける。それは恐怖ではない。神との安心な、確実な、美しい命に入ること。 3.神と共に「歩んだ」 「歩く」ことは珍しくない。しかし、「神と共に」歩くことは珍しい。雑多な毎日の中で、周りがきよくない言葉に溢れ、神を畏れる心をもたない、利得主義の中で、神を愛する人がいるなら、それは天を指し示す証人となる。本田直美姉妹はいつもイエス様を体いっぱい愛しておられた。そして、夫を、家族を、近隣を、出会った人を体いっぱい愛して、いつも何かその人の益になることはないかと考えておられた。この世は自分のことしか考えない。暗い罪の世で、イエス様への愛に輝いておられた。そして、一番愛するイエス様の懐に上げられた。 エノクは地上にあって主を見るように生活した。そして、天でその愛する主と顔を合わせた。地上を見て、よくもあんな汚れた所にいたと身震いしただろう。「エノクよ、あそこに帰りたいか?」と問われた時、「いいえ、主よここを去らせないでください。私はここで祈りながら待ちましょう」と。エノクの様に、再臨の日(テサロニケ第一4章13-17)に、愛する主を見る日を楽しみに歩ませていただこう。 (説教者;田代美雪牧師) |
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