「泣いてはいけません」(黙示録5章5節) ( 8.9/2026 )
「すると、長老の一人が私に言った。『泣いてはいけません。御覧なさい。ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利したので、彼がその巻物を開き、七つの封印を解くことができます。』」(5章5節)
'Then one of the elders said to me “Do not cry! The Lion of the tribe of Judah has won the battle. He is the Root of David. He is able to break the seven seals and open the scroll.`(Revelation 5:5)

エレミヤ32章11節(旧約聖書1353頁)にハナムエルからエレミヤがアナトテの土地を購入した際に封印された巻物を土の器に入れて保存するという記事がございます。さて私どもの先祖も神に対して罪を犯し産業を失いました。そしてその産業とはエデンの園の幸福(創世記2章、3章)です。その幸福とは常に神と交わり、絶えず神の国の平安と喜楽をこうむり他の動物を支配する権力を保ち、死もなく罪もなく、汚れも不義もなき者であったのです。

けれども、悲しいことに人は罪を犯しサタンはこれを人類から奪い去りました。ゆえに人はみな貧しくて神に遠ざかり神と交わることができません。その結果心に平安がなく喜楽なく、死と神の刑罰を恐れ実に憐れむべき状態ですが、あなたはいかがでしょうか。あなたはエデンの産業を所有しておられますか。試してみて頂きたいのですが、あなたは絶えず神と交わり、神に近づき、はばかる思いを持つことなく神に祈ることができますか。常に乱れることのない平安をもち、罪に打ち勝つ神の力と権威を持っておられますか。常に流れて絶えることのない川のような喜楽をもっておられますか。この産業を失っている方は折られませんか。もし、失っているのでしたらどうすれば取り戻すことができるのでしょうか。

「しかし、天でも地でも地の下でも、だれ一人その巻物を開くことのできる者、見ることのできる者はいなかった。」(黙示録5章3節)すなわち、私共の内誰一人として自分の力でこれを取り戻すことのできる人はいません。(神に近づこう、心から汚れを追い出そう)と、どんなに頑張ってみても失敗の連続で成功しなかったのではないでしょうか。

けれども、本日の神のみことばは「泣いてはいけません。」です。私たちのために贖い主となり、全く産業を取り戻し、巻物を開いてくださるお方がおられます。
私どもには産業を得る力は毫もありませんが、主イエス・キリストがあなたがたのためご自身の血を流し巻物を取り戻し、巻物を開いてくださったのです。
これは、マタイ4章9節(新約聖書5頁)のサタンが提供した方法によったのでもなく、ヨハネ6章15節(新約聖書188頁)の人の手によるものでもありませんでした。ただ十字架の上に上り、血を流し、肉を裂きたまわなければ取り戻せないことをご存じでしたからサタンの詭計を退け、人々の推挙を退けて十字架の苦刑を受けてくださいました。ですから今も十字架の血によって私共の一度失った産業を取り戻してくださるのです。

「獅子」(黙示録5章5節)御子イエスに敵に打ち勝つ力があること、「屠られた姿で立っておられる子羊」(黙示録5章6節)贖いの価を払ってくださったという意味です。また七つの角はマタイ28章18節の天と地のすべての権威を表し、七つの目はコロサイ2章3節の主イエス様が全き知恵を持っておられることを、そしてすべてのものを見ていてくださることを証ししています。すなわち、主イエス様は私共のために屠られ、甦り、天に上っていてくださる主イエス様の姿です。私共は自分の力で産業を取り戻せなかったのですが主イエス様がこれを得て、私共に授けてくださるのです。
そして、7節この巻物が証しするもの、すなわちその産業とは何なのでしょうか。それは聖霊です。平安も能力も神との交わりも喜楽も全て聖霊によるのです。エペソ1章3節
1コリント3章23節ですから、ヨハネ20章22節「聖霊を受けなさい。」
(参考図書;B・Fバックストン講述 「ヨハネ伝講義」 バックストン記念霊友会 106頁〜)

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